マッチうりのしょうじょ
●アンデルセン・さく
「マッチうりのしょうじょ」について
「マッチ売りの少女」は、アンデルセンの代表的な作品で、1848年に『新童話集』の中で発表されました。この当時のアンデルセンは、すでに童話作家として国内・外に、ゆるぎない地位を築いていました。
アンデルセンは旅行好きで、生涯の大部分を国外ですごし、中でもドイツとイタリアはもっとも好んだ国でした。その外国旅行中に、知人から一通の手紙が届きました。開けてみると、3枚の印刷された絵が入っており、この中のどれか一つについて童話を書いてほしい、というのです。アンデルセンは、すぐさま1枚の絵を選びだしました。それは、マッチを持っている小さな貧しい少女の絵でした。
これが「マッチ売りの少女」を書く直接の動機になりましたが、もう一つ、この作品にはアンデルセンの母の思い出が語られてる、といわれています。母は貧乏な家に生まれ、貧苦の少女時代をすごしました。そのため文字も読めず、子供の教育にも手助けできませんでした。しかし、信仰心は人一倍強く、人柄も善良だったようです。それに父親は、アンデルセンが11歳の時に亡くなったので、母に対する愛着が相当強いものであっても、不思議はありません。
さて「マッチ売りの少女」は、美しくそして悲しい物語です。夜が明ければ、新しい年になるというのに、そのばんこごえ死んでしまうのです。なんと憐れで、みすぼらしい生涯なのでしょうか。でも、この物語を読んだ私たちは知っています。少女が、どんなに幸福な気持ちで天国へのぼっていったか。なぜ、ほほえみを浮かべて死んでいたか……。
ここに、この物語の救いがあるのです。
(秋 晴二)
ぶん:あき せいじ
え:かじ ひでやす
画材:クレヨン・透明水彩
編集プロデュース:酒井義夫
それは それは、さむいひ でした。
まちには ゆきが ふっていました。
あたりは もう うすぐらくなって、みちをゆく ひとたちも、 いそがしそうに あるいてゆきます。
きょうは、一ねんの うちで いちばんおしまいの、おおみそか なのです。
あしたに なれば、 あたらしい としが やってくるのです。
まちの とおりを、みすぼらしい なりをした、ひとりの しょうじょが あるいていました。
この さむいなかを、ぼうしも かぶらず、くつも はかずに……。
しょうじょは、マッチを うっているのでした。
「マッチは いりませんか、
マッチを かってください。」
しょうじょは そういって、とおる ひとたちに こえを かけています。
けれども、だれも かっては くれません。
しょうじょの あしは、すっかり つめたくなっていました。
むりも ありません。
ゆきの うえを、はだしで あるいているのですから……。
それでも うちを でるときは、ちゃんと くつを はいていたのです。
おかあさんの おふるで、だぶだぶの くつでしたけれど。
でも さっき、とおりを よこぎろうとしたとき……、
すごい いきおいで、一だいの ばしゃが はしってきたのです。
「どけどけっ! あぶないぞ!」
ぎょしゃの どなりごえに おどろいた しょうじょは、あわてて、ころんでしまいました。
ガラガラッ!
たおれている しょうじょの そばを、ばしゃが おとを たてて、とおりすぎました。
やっと おきあがった しょうじょが きがつくと、くつが ありません。
ころんだ ひょうしに、くつが ぬげて、どこかへ いってしまったのです。
しょうじょは くつを さがしましたが、とうとう みつかりませんでした。
どの うちの まどからも、あかるい ひかりが もれています。
どこからか、おいしそうな やきにくの においが、ぷんぷんと ただよってきます。
「おいしそうな におい……。
おなかが すいたわ……。」
しょうじょは たちどまって、つぶやきました。
「きょうは おおみそか……。
でも あたしは、いつもと おなじ……。」
しょうじょは さみしそうに、くびを ふりました。
しょうじょは、ふるぼけた まえかけの なかの マッチを みました。
マッチは、一はこも うれていませんでした。
「どうしよう……これでは うちへ かえれないわ。
マッチを ぜんぶ うらなければ、またおとうさんに ぶたれるに きまっているもの。」
しょうじょは、おとうさんの こわい かおを おもいだしました。
そして ぶるぶるっ、と みぶるいをしました。
しょうじょは、また あるきだしました。
「マッチは いりませんか、
マッチを かってください。」
けれども マッチは うれませんでした。
だんだんと、ひとどおりが すくなくなりました。
がいとうの ひかりが あおじろく かがやいて、その ひかりの なかを、さらさらと、ゆきが ふりつづいています。
しょうじょの ては、すっかり かじかんでしまい、あしは こごえて、あかく はれあがりました。
「さむいなあ……つめたいなあ……。」
しょうじょの めから、ぽろりと、なみだが こぼれました。
「もう、だめ……あるけない。」
とうとう しょうじょは、 みちばたに しゃがみこんでしまいました。
ちょうど、うちが 二けん ならんでいて、その あいだに、わずかな あきちが ありました。
しょうじょは ふらふらと たちあがって、その あきちへ ゆくと、からだを ちぢこめて うずくまりました。
しょうじょは、あかく はれあがった ちいさな あしを、スカートで くるんでみました。
けれども、すこしも あたたかくなりません。
それどころか、もっと もっと さむくなるばかりです。
しょうじょの ちいさな ては、あまりの さむさの ために、しんだようになっていました。
ああ こんな ときには、たった 一ぽんの マッチの ひが、どれほど あたたかいことでしょう……。
「ゆびを あたためるだけで いい。
一ぽんだけ、マッチを つけよう。」
しょうじょは とうとう、一ぽん ひきぬきました。
「シュッ!」
ちいさな ひばなが でて、マッチが もえました。
あたたかい あかるい ほのおは、まるで ろうそくの ひのようでした。
しょうじょは そっと、てを かざしました。
「……あたたかいわ。」
しょうじょは、うれしそうに つぶやきました。
それは、ほんとうに ふしぎな ひかりでした。
しょうじょは、おおきな てつの ストーブの、まえに いるような きがしました。
ひは、なんて よく もえるのでしょう。
そして、その あたたかいことと いったら……。
ほんとうに ふしぎです。
しょうじょは あしも あたためようとおもって、のばしました。
そのとたん ほのおは きえて、ストーブも、かきけすように みえなくなりました。
しょうじょの てには、マッチの もえさしが のこっているだけでした。
しょうじょは、あたらしい マッチを すりました。
あたりは また あかるくなりました。
ひかりが、めの まえの かべに あたると、かべが すきとおって、なかの へやの ようすが みえました。
おおきな テーブルの うえには、たくさんの ごちそうが ならんでいます。
テーブルの まえには、かわいらしい おとこのこと おんなのこが、なかよく ならんで こしかけています。
へやの とが あいて、おとうさんが はいってきました。
りょうてに、きれいな かみで つつんだ おみやげを もっています。
こどもたちは それを みると、
「わあい、ぼくの おみやげだ。」
「わたしのも あるわ。」
と くちぐちに いいながら、うれしそうに、おとうさんに とびついてゆきました。
「あたしは いままでに、おとうさんから、なにも もらったことは ないわ……。」
しょうじょは、ぽつんと いいました。
やがて おかあさんが、おおきな おさらの うえに、がちょうを のせて はこんできました。
おなかに、すももや りんごを つめて やいた がちょうは、ほかほかと、おいしそうな ゆげを たてています。
「なんて おいしそうなのでしょう。」
しょうじょが そういった とたん、がちょうが おさらから とびおりました。
そして よたよたと、しょうじょの ほうに むかって、あるきはじめました。
しょうじょは、おもわず てを さしのべました。
そのとき、マッチの ひが きえました。
あとには、ただ くろい つめたい かべが、みえるだけでした。
しょうじょは もう一ぽん、マッチを つけました。
すると こんどは、うつくしい クリスマス・ツリーが あらわれました。
なん千ぼんとも、かぞえきれないほど たくさんの ろうそくが、 みどりの えだにともっていました。
しょうじょは いままでに、これほど すばらしい クリスマス・ツリーを みたことは ありませんでした。
「なんて きれいなのでしょう……。」
しょうじょは、ためいきを つきました。
クリスマス・ツリーの まわりを、たくさんの こどもたちが とりかこんでいます。
こどもたちは てを つないで、
たのしそうに うたを うたいながら、
とんだり はねたり……。
そばには、あかちゃんを だいた おかあさんが、やさしく わらいながら、こどもたちを みまもっています。
「みんな とても たのしそう……。」
しょうじょは ふと、このまえの クリスマスの よるを おもいだしました。
あのとき、しょうじょは たった ひとりでした。
それも、すきまかぜの ふきこむ、さむい やねうらべやで……。
なんの かざりもない、クリスマス・ツリーの まえに すわって……。
その クリスマス・ツリーだって、ほんとうは、みちばたで ひろってきた ただのき、だったのです。
「あたしも いっしょに おどりたい。」
しょうじょは そういいながら、こどもたちの ところへ、かけよろうとしました。
と、そのとき、マッチの ひが きえました。
けれども、ろうそくの ひかりだけは きえずに、あかあかと もえつづけました。
それらは やがて、うつくしい ひかりのぎょうれつと なって、そらたかく のぼってゆきました。
そして とうとう、あかるく かがやくほしに なりました。
その なかの 一つの ほしが、そらに、ながい ひかりの おを ひいて、おちてゆきました。
「ああ、だれかが しんだのだわ……。」
と しょうじょは いいました。
そのとき しょうじょは、おばあさんのことを おもいだしました。
もう とっくに なくなって、このよには いませんが、せかいじゅうで たった ひとり、しょうじょを かわいがってくれた おばあさんでした。
その おばあさんが、はなしてくれたことが ありました。
「ほしが おちるときは、ひとの たましいが、かみさまの ところへ のぼってゆくのだよ。」
しょうじょは いま、その ことばを おもいだしたのでした。
しょうじょは もう一ぽん、マッチを つけました。
あたりが また、ぱっと あかるくなりました。
その ひかりの なかに、
おばあさんが、
なつかしい あの おばあさんが、
いかにも やさしく しあわせそうに、
ひかりかがやいて、
たっているでは ありませんか!
「おばあさん!」
しょうじょは さけびました。
「あたしも いっしょに、つれていって ちょうだい!
だって、マッチの ひが きえたら、おばあさんは いってしまうのでしょう!
あたたかい ストーブや、おいしそうな がちょうや、うつくしい クリスマス・ツリーのように、きえてしまうのでしょう!」
しょうじょは さけびながら、のこっている マッチを、むちゅうで すりました。
三ぼん、五ほん、十ぽん……。
マッチは つぎつぎに もえました。
あかあかと もえあがる マッチの ひかりで、あたりは まひるのように あかるく なりました。
しょうじょは、おばあさんの むねに とびこみ、しっかりと だきつきました。
おばあさんは、しょうじょを うでに だきあげました。
うつくしい ひかりに つつまれながら、ふたりは、たかく たかく、てんに のぼってゆきました。
あたらしい としの、 あさに なりました。
ゆきは すっかり やんで、あさひが まぶしく まちを てらしました。
その まちの ちいさな あきちに、ひとりの しょうじょが ほおを あかくして、くちもとには ほほえみを うかべながら、うずくまっていました。
しょうじょは しんでいたのです。
ふるい としの さいごの ばんに、つめたく、こごえしんで しまったのです。
しょうじょの まわりには、マッチの もえさしが、たくさん おちていました。
「かわいそうに……このこは、マッチの ひで あたたまろうとしたんだね。」
あつまった ひとたちは そういって、なみだを ながしました。
けれども、この ひとたちは しりませんでした。
しょうじょが、どんなに うつくしい ものを みたか……。
なつかしい おばあさんと いっしょに、どんなに よろこんで、てんに のぼっていったか。
この ことを しっているひとは、だれも いませんでした。