しらゆきひめ
グリムさく
「しらゆきひめ」について
「しらゆきひめ〈白雪姫〉」は、グリム兄弟が五十数年の歳月をついやして収集したドイツのむかし話集『グリム童話』の中でも、もっとも有名なお話の一つです。
この話のモチーフになっている、継母が子どもをいじめるという、いわゆる〈継母ばなし〉は、「ヘンゼルとグレーテル」や「シンデレラ」などを代表として、広く世界中に分布しています。また話の後半、白雪姫がガラスのはこの中で、眠るように長い日々をおくるという部分は、「眠り姫」やニーベルンゲン伝説などにみられるヨーロッパ特有のパターンです。
また、この物語に登場する〈小人〉は〈ツエルク〉と呼ばれ、ゲルマン神話中の大地の霊です。これら、一般にヨーロッパのむかし話の中で活躍する小人は、山から金・銀・鉄などを掘り出すのを仕事としており、人間に工芸技術を教えると信じられています。
小人には女性はおらず、男ばかりで、わずか三歳で大人になり、七歳でおじいさんになったあとは、いつまでも長生きします。性格は正直で、善良な人間には協力を惜しみません。また、頭にのせた赤ずきんは魔法のずきんで、ちょうど〈かくれみの〉のように、姿をかくすことができるのです。こうしてみると、小人というのは、まさに夢物語には欠かせない名脇役といえましょう。
さて、原作での「白雪姫」では、残酷な継母に対して、それ相応のしかえしをしています。まっかに焼けた鉄の靴を継母に履かせ、死ぬまで踊りつづけさせるのです。眼には眼を、といったところなのでしょうが、この本では夢物語にふさわしく、小人たちとの心あたたまる交流、たとえどんな目に会っても明るく楽しく、運命に従順な白雪姫の生き方、といったところを強調して描いてみました。
(秋 晴ニ)
ぶん:あき せいじ
え:くぼた たけお
画材:ポリマカラー(リキテックス)
編集プロデュース:酒井義夫
むかし、むかしの おはなしです。
ちらちら ゆきの ふりしきる あさ……、おきさきは、かわいらしい おんなの あかちゃんを うみました。
ゆきの ように しろい はだ、つやつやと ひかりかがやく くろい かみ、そして あかい バラの ような ほおをした あかちゃんは〈しらゆきひめ〉と なづけられました。
でも かなしいことに、おきさきは しらゆきひめを うむと まもなく、びょうきで なくなってしまったのです。
一ねんご、おうさまは あたらしい おきさきを むかえました。
この おきさきは、まほうの かがみを もっていて、いつも かがみに こう たずねるのでした。
「かがみよ かがみよ こたえておくれ、
だれが いちばん うつくしい?」
「それは もちろん おきさきさま。
あなたが いちばん うつくしい。」
すると おきさきは、まんぞくそうに ほほえむのでした。
それは、かがみが けっして うそを つかないことを、しっていたからです。
いつしか、つきひが すぎてゆきました。
しらゆきひめは、すくすくと おおきくなりました。
それとともに、かがやくように うつくしさを ましてゆきました。
あるひのこと。
おきさきは いつものように、かがみに たずねました。
「かがみよ かがみよ こたえておくれ、
くにじゅうで、
だれが いちばん うつくしい?」
かがみは、ちょっと ためらってから、こう こたえました。
「おきさきさまは うつくしい……けれども、しらゆきひめは、もっと うつくしい。」
「なんですって!」
おきさきの かおいろが、さっと かわりました。
「もりへ つれていって、しらゆきひめを ころしておしまい!」
くやしさに くちびるを ふるわせながら、おきさきは かりうどに めいれいしました。
なにも しらない しらゆきひめは、かりうどに つれられて、もりに はいってゆきました。
〈この うつくしい ひめの いのちを うばうなんて……、わしには とても できやしない。〉
かりうどは、よわよわしく くびを ふり、しらゆきひめに いいました。
「いのちは、たすけて あげますよ。
さあ、どこへでも ゆきなさい。」
「これから、どうしたら いいの……。」
かりうどから わけを きいた しらゆきひめは、おもわず りょうてで かおを おおいました。
もう おしろへは かえれません。
うすぐらい もりの なかで、ひめは たったひとり、おきざりに されたのです。
しらゆきひめは、とぼとぼ あるきはじめました。
もりの おくへ、おくへ……なんの あても ありません。
ざわざわ、ざわざわ。
かぜに ふかれて、もりじゅうが ぶきみに ざわめきたてました。
やがて しらゆきひめは、一けんの ちいさな うちを みつけました。
とんとん、とんとん。
ひめは とを たたきましたが、へんじは ありません。
「だれも いないのかしら?」
ひめは、そっと とを あけました。
「まあ!」
なかに はいったとたん、しらゆきひめは びっくりしてしまいました。
なにもかも、ちいさなもので いっぱいなのです。
テーブルの うえの おさら、ナイフ、スプーン、それから ベッド、いす……みんなかわいらしいものばかりです。
おまけに、ぜんぶが 七つずつ そろっています。
そうです……ここは、七にんの こびとの うちだったのです。
ひめは おなかが すいていたので、七つの おさらから、すこしずつ たべものをたべました。
そして 七つの コップから、すこしずつ ぶどうしゅを のみました。
ゆうがたになって、七にんの こびとが かえってきました。
「おや、なんだか おかしいぞ?
ぼくの コップに さわったのは、だれだ?」
「ぼくの フォークを つかったのは、だれだ?」
「ぼくの ナイフを つかったのは、だれだ?」
「ぼくの おさらを つかったのは、だれだ?」
「ぼくの パンを たべたのは、だれだ?」
「ぼくの やさいを たべたのは、だれだ?」
「ぼくの いすに すわったのは、だれだ?」
そのとき、ひとりの こびとが いいました。
「みんな、ちょっと きてごらん!
ぼくの ベッドに、だれか ねているよ。」
「えっ? どれどれ……。」
「わあ、かわいい おんなのこだ!」
「しっ、しずかに……めを さますと いけないよ。」
「そうだ、あさまで そっと ねかせといてあげよう。」
「ごめんなさい……。」
よくあさ めを さました しらゆきひめは、こびとたちに あやまりました。
「べつに、きに しなくても いいよ。」
「それよりも、きみは なぜ こんな ところに きたの?」
「なまえは なんて いうの?」
こびとたちは、つぎつぎに たずねました。
しらゆきひめは、わけを はなしました。
「かわいそうに……。」
こびとたちは、かおを よせあって そうだんを はじめましたが、やがて こう いいました。
「ぼくらと いっしょに くらそうよ。」
「そのかわり せんたくや、おそうじや、おりょうりを しておくれ。」
「きょうも おてんき うれしいな、ホイ。
みんな そろって でかけよう
むこうの おやまへ しごとしに、ホイ。
せっせ せっせと きんを ほる
ぼくらの てのひら まめだらけ、ホイ。
だけど ちっとも つらくない
しらゆきひめが いるからさ、ホイ。
そうじ せんたく おりょうりを
しらゆきひめが してくれる、ホイ。
たのしい はなしも してくれる
きれいな うたも うたえるよ、ホイ。
しらゆきひめは たからもの
ぼくら みんなの たからもの、ホイ。」
たのしい まいにちが すぎました。
いままで しずかだった もりに、あかるい わらいごえが ひびきます。
とりも けものも、こわごわ ようすをみに やってきて、いつのまにか なかよしに なりました。
「いいかい。 ぼくたちが いないときは、だれが きても、けっして とを あけては いけないよ。」
こびとたちは いつも そういって、しごとに でかけてゆきました。
さて、こちらは おしろの おきさきです。
あるひ、かがみに ききました。
「かがみよ かがみよ こたえておくれ、
くにじゅうで、
だれが いちばん うつくしい?」
「それは もちろん しらゆきひめ。
もりの おくの ちいさな うちで、こびとと いっしょに くらしてる。
ひめが いちばん うつくしい。」
「まあ! しらゆきひめは、まだ いきていたのね!
こうなったら、わたしが ひめを ころしてやる!」
おきさきは、おばあさんに すがたを かえ、りんごを 一つ、かごに いれました。
「この りんごを たべたら どうなるか、いまに みているがいい、ふふふ……。」
くらい もりの なかを あるきながら、おきさきは、にやりと わらいました。
どうやら、かごの なかの りんごには、なにか、しかけが してあるようです。
やがて おきさきは、こびとの うちに つきました。
〈にくい しらゆきひめ! おまえの いのちも、これで おわりだよ。〉
とんとん、とんとん。
おきさきは、とを たたきました。
「だあれ?」
まどから、しらゆきひめが かおを だしました。
「おはよう、おじょうさん。」
おきさきは あいそわらいを うかべながら、りんごを とりだして みせました。
「おいしい りんごは いかがです?」
「まあ おいしそう!
でも……ほしくないわ。」
「どくでも はいっていると、おもうのかね?
とんでもない! ほら このとおり……。」
おきさきは りんごを ふたつに わり、かたほうを たべてみせました。
すっかり あんしんした しらゆきひめは、おきさきが くれた りんごを かじりました。
そのとたん!
ひめは、ばったりと たおれてしまいました。
そうです! ひめが たべた かたほうの りんごには、どくが はいっていたのです。
「うまく いったわ! これで、わたしより うつくしい ものは いなくなった。」
おきさきは、とぶように おしろへ にげかえってゆきました。
「ややっ、しらゆきひめが たおれている!」
ゆうがた、やまから かえってきた こびとたちは、びっくりして かけよりました。
「しらゆきひめ、しっかりして!」
そのとき、ゆかに ころがっている りんごを みつけた こびとが、さけびました。
「この りんごを たべたんだ!」
「どくが はいっていたんだ!」
「おきさきだ!」
「おきさきの しわざだ!」
こびとたちは、てを つくして しらゆきひめを いきかえらせようとしました。
けれども だめでした。
「しらゆきひめは しんでしまった。」
こびとたちは、おいおい こえを あげて なきました。
やがて、なみだが かれて なくなると、みんなは ひめを きれいな ガラスの はこに いれ、みはらしのよい おかのうえに はこんでゆきました。
「しらゆきひめを つちに うめるなんて、とても できないよ。」
「そうだとも……だって、ねむっているみたいなんだものな。」
こびとたちは、くちぐちに つぶやきました。
まったく、こびとたちの いうとおりでした。
しらゆきひめの はだは ゆきの ように しろく、ほおは バラいろで まるで いきている ひとのようだったのです。
よが あけました。
いつのまにか、もりの どうぶつたちもあつまり、しんだ しらゆきひめを みて、かなしみました。
ひるがすぎ、ゆうがたに なりました。
でも、こびとたちは だれひとり、たちあがろうとは しませんでした。
みんなは、じっと ひめを みつめながら、おなじことを かんがえていたのです。
〈もしかしたら、いきかえるかも しれない。〉
こうして、なんにちかが すぎてゆきました。
あるひのこと、みちに まよった となりの くにの おうじが、しらゆきひめを みて さけびました。
「なんて うつくしい ひとだ!」
おうじは、ひとめで ひめの うつくしさに、こころを うばわれてしまったのです。
「この ひとを、ぼくに くれませんか?」
おうじが いいました。
「だめです! それは できません。」
こびとたちは、わけを はなしました。
すると おうじは、なみだを ながしながら、なんども たのみました。
「どうか、きのどくな しらゆきひめを ぼくに おゆずりください。 しぬまで ひめを まもって、たいせつにしますから。」
それで とうとう、こびとたちも しょうちしました。
ところが、ガラスの はこを はこぼうとしたとき、おうじが いしに つまずいてしまったのです。
その はずみで、はこが はげしく ゆれて、いままで しらゆきひめの のどに ひっかかっていた、りんごの かけらが とびだしました。
とたんに、しらゆきひめは ぱっちりと めを あけたのです。
「まあ、わたしは いったい どうしたのかしら……。」
「わあい、ひめが いきかえったぞ!」
「ばんざーい!」
こびとたちは おおよろこびです。
「しらゆきひめ、どうか ぼくの およめさんに なってください。」
ひめの てを とりながら、おうじが いいました。
しらゆきひめは、にっこりと うなずきました。