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ゴッホ 1/5

無口でがんこな少年

 「炎の人」「太陽の画家」とよばれるビンセント・ファン・ゴッホは、1853年、オランダ南部のツンデルトという村に生まれました。父は、キリスト教の貧しい牧師でした。

 幼いころのゴッホは、無口で、がんこで、そのうえときどきかんしゃくを爆発させる、困った少年でした。
イラスト
 弟や妹とはあそばず、いつもひとりで野や山へ行き、木かげで何時間もすごしました。やわらかい太陽の光をあびながら、草や花や小鳥にかこまれてあそんでいるときほど、楽しいことはありません。静かな自然のなかにいるときだけは、心がすなおになれるのです。

 そんなゴッホですから、村の小学校へ入っても、友だちができません。人からおしつけられることのきらいなゴッホは、友だちといさかいばかり起こしていました。それに学校の規則も守らないので、学校じゅうで「やばん人だ」とばかにされるようになり、ゴッホは、すぐに退学をしてしまいました。
 
 両親は、悩み、わが子の行く末を心配しました。しかし、たったひとり、4歳下の弟のテオだけは、ゴッホを信じきっていました。

 「にいさんは、すばらしい人なんだ。みんな、それが、わからないんだ」

 テオは、兄がかいた絵や、自然をみつめる兄の目に、だれにもない強さとやさしい心を感じていました。

 テオが兄をしたうにつれて、ゴッホの心もしだいにほぐれ、兄弟のあたたかい思いやりは、日ごとに深まっていきました。

 家庭教師について勉強していたゴッホは、12歳になったとき、父のすすめで、町の寄宿学校に入りました。こんどはおとなしく、学校へ通いつづけました。

 しかし、ゴッホの性格がかわったわけではありません。人にめいわくをかけることはなくなりましたが、以前にもまして、孤独をこのむようになっていたのです。小説や哲学や神学の本ばかり読んでいました。

 休暇で家に帰ってきて、テオと散歩しているときだけは明るい顔をみせましたが、ふだんは、もうすっかり老人になってしまったかのようにみえました。

 「あの子は、これから自分の力で、生きていけるのだろうか」

 やがて4年が過ぎ、ゴッホは学校をぶじに卒業しました。しかし両親のわが子の将来にたいする心配は、けっしてなくなりませんでした。


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