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親鸞 1/6

8歳で出家して比叡山へ

イラスト 「南無阿弥陀仏、なむあみだぶつ。この念仏をとなえて阿弥陀さまにすがれば、ただそれだけで、だれでも、つぎの世には極楽浄土に生まれることができる。この世でよいことをした人間だけではない。慈悲ぶかい阿弥陀さまは、どんな悪人でも、やさしい心で救ってくださる」

 このように教える浄土真宗を開いた親鸞は、1173年に京都で生まれました。父は、あまり身分の高くない貴族でした。母は、親鸞が7歳のころ亡くなったと伝えられています。

 1181年、親鸞は出家して僧となり、修行のため比叡山へのぼりました。まだ、わずか8歳でした。

 親鸞が出家するまえの年に、源氏と平氏の争いがはじまり、平氏の放った火で奈良の東大寺、興福寺などが焼けおち、京の都も、すっかりみだれていました。また、全国各地に日照りがつづいて大かんばつがおこり、無数の人びとが、うえに苦しんでいました。

 親鸞が出家したのは、貴族の子のおおくが出家するという、このころの習わしにしたがったのだろうと、いわれています。しかし、武士のみにくい争いや、うえ死にしていく貧しい人びとの苦しみなどに心を痛めて、仏につかえる決心をするようになったのかもしれません。

 比叡山の天台宗の寺へ入った親鸞は、堂にこもって、くる日もくる日も、阿弥陀のまわりをめぐりながら南無阿弥陀仏をとなえる、常行三昧の修行をはじめました。

 このころの比叡山の僧のなかには、寺を守るための山法師とよばれる僧兵がいて、仏の道を学ぶ修行をおろそかにしていました。また、自分の出世のことばかり考える僧も、たくさんいました。

 「仏教は、いったい、なんのためにあるのだ」

 親鸞は、仏教のみだれをなげきながら、板の間が凍りつくような寒い日も、一心に、修行にはげみました。


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